大阪都構想の本質、そして全国への意味合い政策

以下は上山信一教授(慶應大学総合政策学部)による「大阪都構想」の評価である。ご本人の了解を得て掲載する。

はじめに

名古屋市長選挙と愛知県知事選挙で既成政党が惨敗した。統一地方選を前に「地域政党」が脚光を浴びる。大阪でも府議会と大阪市会、堺市議会の選挙で「大阪維新の会」がどこまで議席を得るか注目を集める。維新の会の主張の核心は「大阪都構想」である。政令指定都市である大阪市役所を解体し、東京都を凌駕する先端的な都区制度を作ろうとする。筆者は2005年から07年にかけ前市長・関淳一氏のもとで大阪市役所の改革を設計、支援した(当初は市政改革本部員、後には市政改革推進会議委員長を兼務)。その後、08年春からは大阪府の特別顧問として橋下改革に助言をしてきた。この6年間の大阪での体験をもとに今回の都構想の狙いを解説するとともに全国への意味合いを考えたい。

1.「都構想」の3要素…集権化、分権化、民営化

大阪都構想には3つの要素がある。

第1は府庁と大阪市役所の合併・統合だ。これによって広域的そして長期的視点に立った都市戦略が実行できる。例えば遅れていた関西空港への連絡鉄道の高速化、高速道路の淀川左岸線の建設などインフラ整備が進む。これまで大阪市役所は市内各地区の目先の利害を優先してきた。大阪都への権限集約で大所高所からの都市戦略が展開できる。加えて政策、予算、組織を一元化することで二重行政も是正できる(信用保証協会、公立大学、各種研究所、各種施設、卸売市場など)。

第2には人口266万人を擁する巨大な大阪市役所を解体し、8から9の特別区に分割する。そして通常の市町村以上の中核市並みの権限(教育委員会、保健所等の運営権限など)を与え、区長も公選とする(図参照)。これによって地域密着型の教育・福祉が展開できる。

第3に水道、地下鉄、バス、ごみ収集、卸売市場などの公共サービス事業を市役所本体から切り離し、別法人とする。場合によっては民間企業へ事業譲渡する(バスなど)。黒字事業は民営化する(地下鉄、水道など)。これらの事業はいずれも数百億円規模のものだが、同じく数百億円規模の累積赤字を抱えていたり(バス、病院、卸売市場など)、黒字でも民間や他都市に比べ2~4倍もの人員を抱えた非効率な経営に陥っている(地下鉄など)。大阪の都心の一等地にはいまだに広大な浄水場やごみ処理場が残る。これらは人口300万人超の全盛期の需要を前提に作られた過去の遺物だ。これらの過剰施設も処分し、土地が有効活用できるようになる。

2.大阪市役所の抵抗

都構想の目的は大阪の都市再生である。そのために府庁、市役所の組織区分を超えた地域全体の戦略展開と行政改革、財政再建をめざす。府庁と市役所の経営統合、つまりM&Aはあくまでその手段である。ところが市役所は組織を挙げて大阪都構想に反対する。理由を先ほどの3要素にそって考えてみる。1番目の広域的な都市戦略にはもともと関心が薄い。基礎自治体は大阪市民の安心・安全を守っていればよいという考えである。2番目の地域分割にはもちろん反対だ。本庁組織を死守したい。霞が関が道州制に反対するのと同じ理屈だ。3番目の公益サービス事業の切り離しには特に労組が猛反発する。別法人化されると一般会計からの繰り入れで赤字を隠して余剰人員を養う現行の"ビジネスモデル"が成り立たない。そんな労組は強い政治力を持っているので市長や議員も同調する。

かくして大阪の改革は攻める地域政党「大阪維新の会」に対して防戦する「大阪市会(既存政党)と大阪市役所(市長、労組、官僚組織)の連合体」という構図になっている。「首長対議会」「府庁対市役所」「橋下対平松」の対立という解説は間違っている。新興の地域政党である「大阪維新の会」が老舗の大阪市役所という"システム"の解体に挑んでいるのである。

3.大阪都構想は地方分権、地域主権への突破口

地方分権、地域主権の大きな流れに照らした場合、都構想はどう位置づけられるか。都構想によって「国から地方へ」の権限移譲の"受け皿能力"が高まる。ひいては道州制(関西州)の実現に向けた地ならしともなる。

「ニア・イズ・ベター」、つまり住民サービスや弱者救済は身近な基礎自治体が担うという原則についてはどうか。今でも24の区役所がある。だが権限がなく実質は出張所でしかない。区内の福祉や教育について今は本庁が全市一律で全てを決めている。各区の事情は考慮しない。区長も職員も人事異動でやってくる公務員だ。地域に根差した政策を考える能力がない。都構想ではそれが大幅に改善される。小さすぎる区役所を8~9個に束ねた上で本庁の権限を大幅に移譲する。

ちなみに大阪都構想を批判する人々は「大阪都のような巨大な自治体ができると住民から遠い存在になる。分権に反する」という。だがこれは都構想を単なる府市の統合ととらえることによる誤解だ。いったん統合はするが同時に水道や地下鉄、バスなどの事業部門は別法人化、民営化する。残りの市役所機能も特別区に移譲する。大阪都は東京都と異なり現業部門を抱え込まない。巨大な組織にはなりえない。

4.なぜ、“外科手術”なのか

マスコミ報道の中には、「昔から"不幸せ(府市合わせ)"と言われてきた」などと府と市の仲の悪さを喧伝するものがある。だが極めて表層的な理解で間違っている。大阪府全体に占める大阪市の比重はきわめて大きい(GDPの55%,人口の30%)。いままで両者は否応なしに協調してきた。お互いの長所や短所にも精通している。今回の「大阪都構想」はそうした協調の歴史の積み重ねの上に出てきた次の連携モデルである。好き嫌いではなく、もっと密接に仕事をするための合併・統合である。例えば8年前、府は大阪市に道頓堀川など6河川の管理権限を委譲した。最近も大阪市が建てたワールドトレードセンター(WTC)を大阪府が庁舎として譲り受けた。さらに水道事業、大学、各種研究・試験機関などの統合も協議してきた。だがいつも市会議員や市役所労組の抵抗にはばまれてきた。市会議員は市内に24区から2~6人ずつ選ばれる(中選挙区制)。地域団体や労組の支持を得た候補者が有利だ。また労組出身の議員も多い。誰が市長になっても議会と労組は無視できない。かくして広域行政や先を見据えた都市戦略、そして行政改革は骨抜きにされる。そこでもはや府による市のM&A,外科手術しかないという結論に至った。

識者の中には「大阪市と意見が合わないから解体するというのは乱暴だ」「もっとお互いに協議すればできることがある」といった指摘がある。だがもう大阪の再生に残された時間はないのである。

大阪市役所が外科手術を必要とするもう一つの理由は市役所の自浄能力の無さである。大阪市役所は39千人の職員を擁するが年間で20人もの逮捕者を出している(2010年度)。2004年秋から翌春にかけては職員厚遇問題(カラ残業、公費による背広購入など)で全国に悪名をとどろかせた。それを機に、経費節減や情報公開などの改革は進んだ。しかし主要事業の民営化や民間委託はなかなか進まない。市域の25%をも占める土地の整理や有効活用、1800億円にものぼる関西電力株の処分も進まない。大阪都構想はこのような市役所のガバナンスの仕組み、すなわち労組と市役所の関係、地域団体と議員の関係を含む大阪市役所という"システム"そのものを解体し、生まれ変わらせる唯一の方策なのである。

5.他都市、全国への意味合い

大都市のあり方を根本から見直す動き、またそれを地域政党が推進する構図は他都市でもでてきた。名古屋市と愛知県では中京都構想を掲げる地域政党の代表がそろって首長に当選した。新潟県と新潟市でも知事と市長が共同で新潟州(都)を作る構想を発表した。ほかにも各地で地域政党の旗揚げが続く。

これらはもちろん4月の統一地方選挙をにらんだものだ。だが一過性ではなく構造的なものだ。かつての長野・田中県政を皮切りに加西市、阿久根市、名古屋市、大阪府など全国各地で改革派首長と議会多数派の対立劇が起きた。その過程で地方議会の腐敗や機能不全の実態が明らかにされた。自民党は既得権益に、民主党は自治労に配慮して思い切った改革をしないというイメージができあがった。おまけに両者は時々首長選挙で相乗り協調、つまり談合をする。中央では自民党だけでなく民主党にも政権担当能力がないと判明した。財政逼迫で既存政党が誇った"中央とのパイプ"の意義も薄れた。こうした事情が総合し、地方議会における既成政党の地位は地に落ちたといってよい。若手議員を中心に離脱の動きが出るのは当然だろう。

さて地域政党の代表が首長を兼ねる場合がある。「大阪維新の会」「減税日本」などだ。これに対しては「地方自治の二元代表制に反する」という批判がある。だがこれらの批判は地方政治の現実を無視した形式論、きれいごとでしかない。

大都市制度の見直しには法改正が必須だ。地元の意思を固めたうえで国と協議する必要がある。首長を支持する会派が議会で過半数を獲得するのは必須とすらいえる。さらにその上で各地の地域政党が連携して国政に影響力を行使する必要がある。なぜなら地方への権限委譲は既存政党の基盤を揺るがす。既存政党は地方への利益分配への関与で権力を維持してきた。その余地を狭めるのだから地域政党と既存政党の利害は最終的に対立する。国と地方の権力闘争という大きな構図から眺めた場合、首長が地域政党の党首になるのは当然の帰結ではないか。二元代表制を厳格に追及するならば既存政党が相乗りで推す首長など許されないはずだ。さらにいえば地方議会の機能不全が問題視される状況下ではもはや二元代表制は絶対視すべきでない。

首長が率いる地域政党は沈滞しきった地方議会に揺さぶりをかける唯一の存在である。いや、もはや国政に揺さぶりをかける国内で唯一の存在かもしれない。くしくも大阪と名古屋という経済力のある2大都市で起きた都構想と地域政党の反乱は失敗に終わった政権交代にかわって次の日本の改革を牽引役になる可能性がある。